萱間修 「釣り人の主張」〜バス問題解決のための具体案〜

今回の芦ノ湖バス会議発起人の一人でもある萱間氏は、標題の様な内容で、バス問題を解決するための今後の具体案について、私見ですがお話くださいました。
 まず冒頭で、バス問題に対する釣り人の認識について改めるべきだと提案がありました。すなわち、今まで釣り人の多くが語ってきたバス、およびバスフィッシングの「経済的有用性」、「青少年育成に良い」などのメリットは、実は釣り人の本音では無かったはずであり、本当の釣り人のバスおよびバスフィッシングに対する認識とは、「バスフィッシングはおもしろい!それも危険なほど!」というのが本音であるはずである、とお話されました。こういった反省をした上で我々は何を考えないといけないのか。他の魚を助けて初めてバスを助けようと言おう、自らを律するルールを作りましょう、と提案された上で、萱間氏の具体的な案が紹介されていきました。以下、それを列記いたします。


(1) ノーキルの原則 〜バス全面駆除は撤回せよ〜
 釣り人として一番に言わないといけないことは、「駆除」という考え方を一切やめてほしいということである。
 釣りをして(魚を殺して)勝手なことを言うものだと思わないでほしい。釣り人は生物とのやりとりを楽しんでいるのであって、それは時には食べるという楽しみも含まれるが、決して魚を退治するためや金に換えるためにやっているのではない。社会秩序の中で遊ばせてもらえればそれでよい。バードウォッチャーが庭にエサ場を作って鳥を見るのと同じ、昆虫好きが虫を探すのと同じで、ありのままの自然を享受できれば良いのである。
 この「ありのままの自然を享受する」という行為は国民に等しく、漁師にも釣り人にも何にもしない人にも与えられた「幸福追求の権利」だと言えるのだが、ただ、何をもって「ありのまま」と呼ぶかで釣り人とそうでない人には相違がある。
 はっきり言えば、「バスがいる自然」なのか、「バスがいない自然」なのか。
 もっとわかりやすい例を出せば、「ブルーギルがいる自然」や「カワウがたくさんいる自然」を認めるかどうかだ。
 こう言えば反対する釣り人もいると思うが、しかしよく考えてみてほしいのだが、その生物が人間に危害を加えたことがあっただろうか。またその生物が増えた理由は何だったろうか。
 環境に適応したから増えたのである。適応しすぎて増えすぎたキライはあって、その間に多分予想もしていなかった被害を与えているのだろうということは想像がつくが、釣り人としてはそれでも「仕方がないことだ」と考えてしまうのである。
 彼らは単にモノも言えない生物界の一員であって、彼らを「調整する」ということを、人間がしてもよいのかということだ。こんなことを言うと漁業者や生物学者は怒るだろうが、それも「自然の社会学」なのだということを釣り人は言いたいのである。
 漁業者が高いお金を払って仕入れた魚をバスやカワウが1日に数十万円分もばくばく食べている姿を見るのは悔しいに違いない。しかし、そのような放流漁業の在り方や川の釣り堀化こそが問題なのである。釣り人としては逆にカワウやバスがいる川はアユもいる川だと言えるわけで、カワウもバスに食べ尽くされる川というのは最初からアユの川ではない。河川の作り方や放流種に改良が必要だと言うことである。
 そういう知恵を使わず、またバスやカワウが増えた原因を直視せず、短絡的に害魚害鳥の駆除が必要として国から補助金を出させようとするのは、釣り人としては許せないのである。
 侵入種が在来の生態系にとって危険だという指摘はまさにその通りなのだと言えるが、釣り人ができることといえば、移入させないように注意するぐらいだ。
 スモールマウスバスのようにまだ駆除が間に合う漁種については全面駆除という看板を全く否定することはできないのだが、滋賀県ではもう20年近く駆除事業を行い、水産庁は4年前から取り組んでいるわけだが、それ以上は効果が上がらないものなら、つまり全面駆除ができないと分かっているのに未来永劫駆除の対策費の要求が続くようであれば、それは国費の「詐取」にあたる。
 「全面駆除」ではなく、「資源量整(または適正化)事業」とせめて名前を呼び換えていただきたい。そして、できるだけ早くどこかのタイミングで「駆除は中止」にしていただきたいのである。そうすれば詐取という言葉は取り消す。


(2) 釣り人への罰則規定 〜「拡散防止」はこのようにすれば実現できる〜
 釣り人が早急にしなければならないことは、「バス釣りを守る」ことと、「バスの拡散を防ぐ」ことである。
 今いるバスを無駄に殺さないでほしい。また、バス釣りに対する制限や社会的偏見はなんとかして払拭して釣りの自由を守りたいと思う。
 ただし、これ以上のバスの人為的拡散は厳しく制限しなくてはならない。それは、外来漁の移植禁止というルールを釣り人が守れるということを見せなければならないからだ。また在来魚種を守りたいからだ。これができないようでは先に言った「バスを守る」ということもできなくなるだろう。
 そのために効果的な方法を考えた。それは「釣り人への罰則規定」である。
 まず今あるバス釣り場とその水系をすべて報告する。そしてそのバスを封じ込めるのである。つまり、以後にできた新しい釣り場は、誰かが違法放流した疑いがあるわけだから、そこでは「バス釣り禁止」とするのである。スモールマウスなどが従来のラージマウスの釣り場に入った時も基本的には「バス釣り禁止」とするのだ。
 本来なら違法放流した人を逮捕できればよいのであろうが、それがなかなかできないために、バス釣り人みんなで、「バカな放流はやめてくれ」と声を上げて止めようというわけだ。ただ、ヤミ放流する人がバス釣りをぜんぜん関係のない人ならそんなこととは関係なく釣り場は広がって行くだろう。中には釣りをさせないためにわざわざスモールを放流する逆目的の人もいるかもしれないが、もしもその釣り場でスモールマウスが発見されることになれば釣り禁止になるのなら、それを釣り上げた釣り人は、その魚を速やかに処分するだろう。早期発見早期駆除が実現するのである。
 これは、「釣り人は不法放流などしない」という宣言であり、不法流によって利益を得ようと考えている悪意を持った人もそれができなくなる仕組みである。釣り人が相互監視をすることで新たな移植を防止することができるはずだ。


(3) 漁業権は不要 〜現行の漁業権魚種制度のあり方は変えなくてはならない〜
 バス釣りをするのになんでお金を取られなきゃいけないのか、と思っている一般の釣り人は多い。放流も環境整備も何もしないのにバス釣りに協力金を徴収する加古川漁協のようなところのことだ。場所代のようなものをとってもよいという法律はないのであって、漁業法ではその魚種の増殖義務を果たしているところだけが漁業権を免許されて料金を徴収できるはずだ。
 漁協の存在している釣り場をバスの漁業権漁場にしようとする動きがある。要望しているところは関西のある釣り場の地元の自治体や漁協である。バスを観光の目玉にして過疎地の村の経済を向上させようと言うことで漁業権魚種を申請する方向で進んでいるのだ。
 ただこのことは難しい問題を抱えていて、水産庁では全国の外来魚移植制限の法制化を終えたために、バスの漁業権は認めるとしても、漁協が増殖義務を果たすためにはバスを出荷してくれる場所を確保することや釣り場に採卵孵化養殖施設を作る必要が出てくる。また、その漁協の釣り場で増殖されるということは将来にわたって豊富な資源量があるわけで、そこから他へ移出されないように管理できるのかが問題にされるのである。
 つまり、新しい漁業権漁場の実現には高いハードルがあるのだ。それを越える方法として、「特例として増殖義務のない漁業権魚種とする」という抜け道を作ることが考えられるが、それは先に書いた加古川漁協よりも中途半端な状態を認めることになるので断固反対したい。
 漁連からは全面撲滅運動の声が聞こえ、釣り具業界からは魚種認定の声が聞こえるが、あくまでもこれは地域の漁協と自治体が考え、知事が許可することだから、釣り人として魚種認可に対して何かを要望できるわけではないのである。
 だれが考えても分かることだと思うが、相手は生き物なのだから、きちんとゾーニングして、バスの住んでもよい水域と排除水域を決めるのは不可能だ。全面駆除ができないのと同じで排除水域のバスを移し替えることはできない。
 それならば、バスは漁業権以外の雑魚扱いでよいから、各地で「封じ込める」形で釣魚として認める(雑魚扱いの遊魚料)というセンで行ったら良いと思う。漁業権を与える必要はないということだ。
 それよりもバス釣り場は何万とある野池や琵琶湖、霞ヶ浦といった平地にあるフリーゾーンが中心となる。ここではまったく漁業権魚種というものはないのだから、そのフリーゾーンでの一般雑魚という地位のまま、各地の各県の規則にしたがってうまく管理していくことだと思う。それが基本だ。
 釣り具業界的に見れば未来永劫繁殖を続けることができるように増殖義務のある漁業権魚種としてバスの地位を高めたいというのはわかる。トーナメントができる水面としても漁協の発行するライセンスを買って、大手を振っていつでも大会ができることは理想だろう。しかしその要望を続ければ続けるほどフリーゾーンのバスに圧力がかかることが懸念されるのだ。(どうしても漁業権魚種のように保護増殖しなければならないというのなら、業界やバスプロ組織は漁業権の買い取りまで考えに入れてプライベートレイクを作る方向でこれを進めるのがよいのではないか。そうすれば完璧に公認の釣り場を作り、公にゾーニングできるのである。)
 バス産業を守ろうという釣り具業界の真剣な取り組みがあることを理解したうえで、怒られるかもしれないが、バスの存在についてアマチュア釣り人の本音を述べさせてもらう。
 釣り人は、もしバスが釣れなくなってもそれはそれで「仕方がないこと」(=自然の摂理)だと思っている。アマチュア釣り人にとってバスは単なる対象魚であって、金を生む対象魚ではないのである。
 ライギョ、マブナ、オイカワなどの釣魚にしても、保護増殖されているわけではないが、それなりにファンがいて、対象魚が少なくなった現在でも、いる場所を見つけてそれなりに遊んでいる。魚の増減は海釣りでは当たり前のことであり、天然の魚を相手にするかぎり、対象魚がまったくいなくなることもありうる。それが自然を相手にしている釣り人の基本的スタンスなのである。いなくなればいなくなったで、また違う遊びを楽しむのである。
 人気の対象魚がいなくなって困るのは、むしろ釣り人ではなく遊漁料収入が頼りの漁協であり、地元であり、釣具業界である。
 釣り人としては、駆除は絶対反対なのだが、バスがいなくなったらなったで仕方がないと思っているのである。とにかくそのままにしておいてもらうのがいちばんいい。へたに漁業権を与えてワイルドなフィールドをパチンコ屋のようにしてほしくはない。バスが金の成る魚ではなく、一般の釣魚と同じように管理して欲しいのである。
 利用するか抑制するかという人間の意向がどう決まろうが、バスはバスであって、守ろうという人が多ければ残るだろうし、そうでなければ残らない。


(4) アマチュア釣り人とプロ釣り人の責務の区分 〜プロ遊漁者漁業組合を設置すべきだ〜
 バス釣りがこれほどまでに急に発展したのはちゃんと理由があって、この魚が「トーナメントゲーム」という競技に向いていたため、魚と人との関わりだけであった釣りが、人と人との競い合いという別の要素を加えたからである。「釣り」だけが目的ではなく「競技」として勝つことが目的となるから、小さい魚を1匹釣って満足することはできない。他の人よりも大きい魚をたくさん釣ることが目的となる。これで満足できた人は優勝者1人であり、たとえば500人参加していたら499人が次は自分が1位になるんだということで、また釣りに精を出すことになる。勝つことの満足は2人でやれば2回に1回の割だが、1万人でやれば(もし同じ才能と運と経験と努力があるなら)1万回に1度の割だから、一生かかっても達成できない永遠の目標にもなる。このことが業界へ与えた効果は大きく、ただ魚を釣るだけなら1〜2本の竿を用意すれば事足りるが、トーナメントでは平均6〜7本のロッドと大量のルアーを準備している。つまり一人で3人分以上の消費をするのだ。だから、釣具業界が大いにバックアップするのである。バストーナメントによってマーケットは3倍、ひょっとすると5倍ぐらいはふくらんだとも言えるからだ。
 しかし、そのトーナメントがバスブームが釣り場に与えた影響は大きい。
 目に見えているものでは、何10艇から何100艇にもおよぶボートによる「釣り場の占有」である。
 目に見えないことは2つあって、1つは「魚が際限なくつられてしまう」ことである。
 500人で5匹ずつ釣れば2500匹の魚が上がる。1匹釣って今日はこれでやめよう、ということがないのだから、大人数でやる限り釣り場のダメージは大きい。ヘラブナ釣りのように管理釣り場を貸し切ってやるのなら問題は残らないが、公共水面ではそれ以外の釣りをしている人には影響がある。
 2つ目に目に見えない影響とは「観念的ショック」である。それは、1ヶ月を10万円で生活している人たちの中へバスボートなど1日10万円の費用をかけて釣りに来る人がいて、2〜3日で200万もの賞金を手にする釣りをすることが仕事だという人たちが現れたことだ。
 つまり「バスプロ」という職業が今までなかったから、それを受け入れることができる人とできない人がいるのである。トーナメンターにとっては、バスでメシを食えるぐらいかせぐことはひとつのヒーロー像となっているが、漁師にとっては同じように魚を獲って金にかえる仕事をしているのに、組合員でもなく、また自分たちの魚を食い荒らす魚によって得た収入だと思うと、許せない存在となっているのではないだろうか。つまり彼らにすれば「職域を侵している」といえるのである。
 この問題で根本的なことは、魚釣りという行為を「金銭」にかえることがアマチュアとは呼べない行為ではないかということだ。だから自ら「プロ」と呼んでいるわけだが、ここをはっきり区分けしなければ、釣り場作りの理念が違うものになっってしまう。「ゲームフィッシュが釣れる釣り場作り」を推し進めるか、それとも「釣りにくくても豊かな自然がある釣り場作り」を進めるのかである。
 それと、同じ水面で「プロ」として初めからやっている職漁師にしてみれば、自分たちは魚を金銭にかえる代わりに国から義務を背負わされているのに、それがないのはおかしいんじゃないのかということがある。
 公共の水面を利用して営業しているのであれば、その利益を公共水面の福祉のために使わなければならないだろうし、漁獲量規制も考えねばならないし、また漁協組合員がやているような定期的な奉仕活動も求められるべきだといえる。
 つまり、バスプロ組織には漁業組合員と同じか、または準じる資格を持たせ、同等の責務をはたさなければならないようにしてはどうかという提案である。また、それができないという人はプロではなくアマチュアに戻ってくださいということである。
 現在のバスプロ組織であるJB、WBS、JBCCにおいても設立当初よりプロおよびトーナメント組織の社会的責任は自覚していることであり、環境整備基金を積み立てて地元や釣り界、または研究機関に寄付したり、毎回の釣り場清掃や水質浄化のための取り組みまで視野に入れて長期間に渡って奉仕活動を続けているのであるから、漁協組合に準じる位置で社会的責務をはたすことに喜んで賛同してくれるものと思う。
 実際、水揚げをしないのに監督官庁を水産庁にしてもよいのかという問題はあるが、水産庁が遊魚と職漁の両方を扱っているのだから、その中間ともいえる「プロ遊漁者」の扱いは水産庁しかないだろう。
 なおプロ遊漁者の準漁業組合化が実現すれば、各地で起こりうる釣り人と漁業者の摩擦はその組合同士で話し合いながら解決することになる。これが実質的に釣り人(プロだが)と漁業者が同じフィールドで同じテーマについて話し合うことが第一歩になると思う。
 今までなら県の内水面漁場管理委員会の中でしか話し合いの場がなかったわけだが、そこには遊漁者代表は1人しかいないこともあって様々な釣りの実態の把握が難しく、釣り人口が拡大化した現実に合っていないといわれていたが、プロ遊漁者という資格で釣り人の意見を漁場管理に反映させることができることになれば、釣り場管理はかなり民主的に行うことになるのではないだろうか。
 例えば、漁協組からバスやブルーギルの駆除活動の要請があったときにプロ遊漁者組合がどのようにして対応するのかいう問題が大きな課題となるだろう。他に漁具の制限、操業時間や操業人員の制限、組合費や協力金の額なども考えられるが、このような話し合いを各地で行うことが重要だ。


(5) ライセンス制 〜釣具店を中心にしたライセンス制を実現しよう〜
 マナーを守れる釣り人か、それとも釣りにふさわしくない人(環境を壊す人)かを区別することや、すべての人をマナーやルールを守る人として導くためには「釣り人の資格の問題」があり、釣りライセンス制が必要である。
 釣具店組合と一般釣り人が協力できればの話だが、日常の釣り場を監視・管理できるレンジャーのような人材さえいれば、都道府県ごとのライセンス制の導入は可能であり、すぐに実現できる。そして人材は現に育っているのだ。
 最も単純なシステムは、ライセンスを釣具屋で購入する方法。カメラ付きケイタイで撮影して、県のコンピューターにつないで登録する。1時間程度の講習を受けた者にライセンスとその年のルールブックが支給される。費用は実費のみとする。釣具店は週1回以上講習会を開く。また発券資格者および講習にあたる人は全釣り協釣りインストラクター資格を持つ人とする。次に取り締まりだが、無料で購入できるライセンスすら持たない釣り人は、それを知らないのだから1回目は注意、2回目は罰金、3回目は罰金に加えて次年度のライセンスを発行しないという措置をとる。次年度以降は同じ県内ならルールブックのみの手渡しで講習は免除できる。他県のライセンスも日本全国どこでも買えるようにする。漁業権漁場についての説明や案内も行う。
 これが、釣り人・市民・釣り業界・地域漁協・県とが連携して釣り場を管理するシステムである。漁業権のある釣り場は従来通り漁協が管理するが、それ以外のフリーゾーンでの釣りを指導し管理するのに釣具店、釣り業界と釣り人が協力するのだ。そして「発券所組合」か「インストラクター組合」か、名称は別にして通常月例会議を行う。その会議では、例えばヘラ釣りの人とバス釣りの人とエリア分けを行ったり、産卵期の釣りに制限を設けたり、学術調査用に釣り禁にしたり、車が進入できないエリアを設けたり....することはいろいろある。
 なおライセンス制度に関する提案には「内水面遊漁法」の制定が必要になる。国がその気になり、釣具業界と小売店組合の協力さえあればすぐにでも実現可能だと思う。


(6) 環境保全システム 〜生態系保全のために釣り人基金を集めよう〜
 バス問題でクローズアップされたもののひとつに、在来魚種の産卵〜育成場の復元があり、環境保全システムの確立が必要なことがわかってきた。これについて釣り人としてできることは何かといえば、「基金の積み立て」ではないだろうか。
 勝手な希望を言わせてもらえるなら日釣振の放流事業を中止にして発展させ、生態系保全事業として新たに発足していただいて、業界の資金を拠出するとともに、同時に「釣り基金」を集めてもらえればありがたい。
 釣り人からお金を集める方法としては、募金箱のほかに、釣り道具に上乗せすることもできる。たとえば商品のベルマークのようなシールをつけて、1枚が売り上げの何%か の金額を決めておき、釣り人がそれを集めて持って行けば釣具の製造者はその分を支払うという具合である。いずれにせよ業界と釣り人が一緒になって集める「基金」である。私たちは、生態系保全に対して具体的に歩み出さなければならない時が来ているのだと思う。釣り人と業界が一緒になって取り組まなければならないのは、このような「釣魚と自然に対する具体的な保護活動」ではないかと考える。


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